煙々羅 ―たなびき煙る万炎の相棒― ( 北陸オカルト会:妖怪解説 )
仕事帰りに火事を見た。
昨日まで閑静な住宅街だったいつもの道は、
今までどこに隠れていたんだと言いたくなるような
ヒトの群れによって絶賛渋滞中だ。
否応なく足を止めて、先程から喧しく視界に映る光源を見る。
まだ新築なのだろう、洒落た洋風の家屋は赤に嘗め回され
その物的な価値を光へと変換させていた。
そんな悲惨な光景を取り囲む群衆は、
対照的にキャンプファイヤーでも楽しんでいるかのようだ。
写真を撮る者、電話をする者、久々に会ったであろう同区の人間と話をする者、
目前で起きている火事を、画面一枚を隔てた対岸の事だとでも思っているのだろう。
――――ふと、炎の中に妙な物が見えた。
家屋から立ち上る煙が無数の人の顔の様に見えたのだ。
全ての顔は憤怒の形相を浮かべ、群衆の中の一人…
鼻に痣のある男を睨み付けてすぐに消えた。
もう一度目を凝らしても何も見えない。
きっと気のせいだろう、遠くにサイレンの音を聞きながら俺は現場に背を向けた。
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数日後の朝、テレビで放火犯が逮捕されたというニュースを見た。
送検された男は鼻に痣があり、何故か酷く怯えているように見えた。
煙々羅は世にも珍しい「煙の妖怪」である。
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薄布の様にたなびく煙(エモい)の中に人の顔が見えるというのがこの妖怪の根本的な特徴だという事だが、それにまつわる逸話などは特に存在しない。
さて、皆さんはシミュラクラ現象をご存じだろうか。
「~~が顔に見える!」系の心霊写真の批判なんかによくあるフレーズで
「人間は3つの点が集まっているものを顔だと認識する」というアレである。
確かに、岩肌や波などの写真をじっと見ていると時たまシミュって
あれ?これ人の顔みたいに見えない?というような事は起き得る。
しかし、煙々羅についてはそのような事は起きないだろう。
何故なら、煙は特殊な加工を施さなければ
一秒たりともその場に留まってはくれないからである。
じっと見つめる事が出来ない物の中に人の顔を幻視した。
それは最早、その物の中にそう錯覚させるような
何かが潜んでいるという証拠になるのではないだろうか。
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そもそも煙々羅は何の妖怪としてカテゴライズすればいいのだろうか。
煙の妖怪、それはわかる。
ただ、煙と言っても様々なものがある。
薪を焼いた火の煙、料理に使った火の煙、火葬をする際に使った煙。
薪を焼いた火に宿っているというのであれば、
火葬(?)という儀式を経て木精が姿を変えた妖怪と
無理矢理気味にこじつけることもできるのかもしれない。
逆に、薪や炭など「燃やされる為のもの」から発生する妖怪なら
着火剤ジェルの袋の中身は煙々羅がみっちり詰まっている事だろう。
どちらにせよ、文明の進化で我々が煙を見る機会は減った。
こういった妖怪は生き辛く、というよりはむしろ
「存在し辛く」なっているのかもしれない。