えぼぐの神様N

狐者異 ―恐怖を冠する浮遊霊― ( 北陸オカルト会:妖怪解説 )

怖い、という言葉は一説によると妖怪を語源に持つらしい。

 

それが今日紹介する妖怪、狐者異(こわい)である。

下図は江戸時代の妖怪図画「絵本百物語」に描かれた狐者異の姿である。

極めて良心的に解釈すれば、うどんの中にゴキブリが入ってて

「えーーーー!!」ってなってるギャグ漫画のキャラに見えなくもない。

 

曰く、彼の名前が恐怖を形容する単語「こわい」の

語源であるとされるのだ。「えーーー!!」

 

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この妖怪は、元は人間であったとされている。

しかし、生前に人の食べ物を掠め取る程に

食べ物に対する執着心を持っていたため

死後もその思いを引きずって、血眼で食べ物を探す化生となった。

 

妖怪というよりは化け物、人間の成れの果てである。

 

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怖い狐者異


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しかし、個人的に解せない所が一点ある。

江戸時代と言えば今でいう「妖怪」がどっと増えた時代である。

その時代に何故、ただうどんに驚いている飢えているだけの

浮遊霊のような地味な妖怪が「怖い」の代名詞となるのだろうか。

 

語源説自体ががデマだから、という線は取りあえず消して考える事にした。

如何にデマのような説でも、何も考えずに否定するのはナンセンスに感じる。

 

(ちなみに筆者は時に「流石にこんな説はあらへんやろ~」と思った時も

「でもゴリラも19世紀まではUMAだったから…」

とポジティブワードを唱える事によって、

とりあえず説ありきで考えるというライフハックを実行している。)

 

1、単純に狐者異が怖いから説

 

確かに怖い。血走った目、逆立った髪

夜中にこんな奴がうどんを食べてたらちょっとビビる。

 

だが先述の通り、牛鬼など平気で人を殺してくるタイプの

妖怪が跳梁し跋扈する江戸時代に飯を掠め取るだけで

恐怖代表みたいな顔をされると解せない部分は否めない。

 

2、怖いのは実は狐者異自身である説

 

子供の頃を思い出してみてほしい。

悪い事をして先生に職員室に呼び出される、

その際「怒られている時」よりも

「怒られる前の職員室への道のり」の方が怖くなかっただろうか。

 

人はナイフで刺される時より、ナイフをちらつかされる時の方が

恐怖を感じるように出来ている生き物である。

 

さて、この狐者異は他人の食べ物を掠め取る程度の悪行を働いている。

死後はほぼ間違いなく地獄に落ちるだろう。

八大地獄の内、実に七つは盗みが入場条件になっているからだ。

 

つまり、狐者異が死んだ後この世にとどまっている時間は

地獄に行く前の待ち時間のようなものである。

 

地獄に落ちるというナイフを常にちらつかされている状態だ

狐者異を見る人間より、これから落ちる事になる地獄を想う

彼自身の方が余程「こわい」なのかもしれない。

 

3、当時、飢えが身近なものだったから

 

豊かな時代である現代より、遥かに飢えが身近だった江戸時代

長き平和な時代は、戦争での死人を減らしたが

飢饉による死人を増やすことになった。

 

飢える事、それは決して江戸の人々にとって対岸の火事ではなく

隣で、同じ町で、或いは我が身にも起きるかもしれない危機だったのだ。

 

 

だとしたら、この妖怪が恐怖の象徴になるのも頷けるのではないか。

 

当時の人にとって、飢えによって変質するこの妖怪は

不気味だから会いたくないもの、ではなく

「自分が飢え死にして成りたくないもの」

としての側面が強かったのかもしれない。

 

狐者異の正体は、そのまま飢えて死ぬことへの不安、そう考えれば

なるほど、この妖怪は狐者異の名を冠するに相応しい、かもしれない。