えぼぐの神様N

死印―-くちゃら花嫁という怪異――(過去記事)

 

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くちゃら

PSVITAの「死印」というゲームに、くちゃら花嫁という怪異が登場する。 

 

第三章に登場する怪異で、このゲームのパッケージ絵にも書かれている本作を代表する異形である。

とは言え、パッケージで見る事が出来るくちゃら花嫁は横を向いており、何やら身長の高いウェディングドレスを着た奴、程度の認識しか持てない。しかし、深夜に公衆電話の中を見下ろす花嫁、と言った異様なビジュアルに購入を決めたプレイヤーも少なくはないのではないか。

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くちゃら花嫁の噂

夜が深まる時間に公衆電話が鳴り出す、それを取ると何かを咀嚼するような くちゃ くちゃ と言う音とともに「あなた、見たのね?」という質問をされるという。それに「見てない」と答えると探し物(物でも人でも)の場所を教えてくれるが、「見た」と答えた場合、くちゃら花嫁は激昂し、呪われてしまう。

また、ホラー掲示板によれば、「目」に異常な執着を持っており、くちゃら花嫁との対話の中で目、eye、などの言葉を発すると呪われるらしい。

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死印に登場する怪異は元々非業の運命を歩んだ人間である。異形、怪物と言うよりも「なれの果て」と言った方が正しいのかもしれない。彼女もまた悲惨な目に遭い人間への深い憎悪の末怪異になってしまった「なれの果て」である。

探し物を探してくれる、何かを教えてくれるといった人間に恩恵をもたらす怪異は、こっくりさんやエンジェル様などを始めとして各地域に存在しているのではないだろうか。しかし、こっくりさんであれば還しの儀式をしないと呪われる。エンジェル様であれば○個以上の質問をしたら呪われる、と言うようにいずれも何かしらのリスクがある。ましてや人間の成れの果てを使っておいてリスクがないはずがない。

人間同士ですら、ウマい話には裏があるのだ。怪異のウマい話に裏がないと思う方が不自然な話なのかも知れない。





――以下本編ネタバレ――




くちゃら花嫁の正体はとある売れっ子ミュージシャンの恋人である。彼女は、結婚前夜に犬の散歩をしていたところ悪漢達に車で誘拐された。愛するペットは遊び半分に殺され、彼女自身も悪漢に何度も暴行を受けた後道端に捨てられた。暴行を受けた様子を撮影され、心が壊れてしまった彼女は解放後しばらくして首を吊って自殺。その際の加害者への怨念をメリィに利用されくちゃら花嫁という怪異になった。


「死印」は敵も味方も掘り下げがあまり深くはない。恐怖の演出に「なんだかよくわからないもの」の存在は非常に有用なためか、怪異についても、登場人物についても限定的な情報しか与えられないのだ。その演出と怪異のビジュアルが相まって、この章の恐怖度は本作でもダントツだろう。



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↑がくちゃら花嫁の最接近時の画像である。ホラーゲームのクリーチャーはただおぞましく、グロテスクな物は食傷されてしまった。血がどろどろ出るもの、目玉が飛び出ているもの、ただそれだけのものはホラー全盛期の20年前に見飽きられてしまったのである。

個人の考えだが、人の心により深く刺さる恐怖は、押しつけられるグロテスクなビジュアルではなくより深いもの。つまり、「自分で触れてしまった、気づいてしまったもの」ではないだろうか。普通の怪談話より2chホラーの「意味が分かれば怖い話」の方がより恐怖を感じる事が出来る人は少なくないだろう。


くちゃら花嫁はそうした気付きのある設定、ビジュアルをしている。


例えば生前の美貌の面影の無い長い首、飛び出た目は死因の首吊り自殺のせいだろう。とか、花嫁姿は彼女の理想であり、復讐心の中でも忘れられない、彼女が唯一持つ人間性なのだ。とか、そもそもくちゃら花嫁は何を噛んでいるのか。あの粘性の音は物を噛んでいるのに加えて、暴行を受けた際に殴られて口の中を切ったか舌を噛んだかしたせいで口の中に血が溜まっているというのが理由ではないか…一つ憶測を立てるほどに、バックボーンの救いの無さに寒気がする。


彼女は前述の通り目に異常なこだわりを見せる。結婚式前日に暴行被害に遭った嫁を持つミュージシャンなど世間から良悪様々な視線を浴びるだろう。彼女が心を壊し自死を選んだ背景には、乱暴による傷だけでなく、その傷のせいで自分が、自分よりも大切な人が受ける事になる世間からの視線の恐ろしさも少なからずあったのかもしれない。


くちゃら花嫁は自分に暴行した男達が死んだ後、怪異として生き続けた。理性も人格も失い、無関係な人を喰らって。彼女は自分のした行いが、暴行の加害者達と同じようなものだと気付かないまま消える事が出来たのだろうか。

出来たならそれは、彼女にとっての唯一の救いだと思う。